豆腐の味 第二話

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伸介君の手紙にはこうありました。

「あなたが東京に越して暫くして・・・」

それは高校三年の夏のことです。

「由起子は随分と塞ぎがちでした。智恵子さんを裏切ってしまった事実を気に病んでいたから、今で言う鬱の症状かと・・・。」

二人が付き合い始めたのは、その年の春でした。

家業の豆腐屋を継ぐことを早くから決めていた伸介君と、

地元の信用金庫に親戚の伝手で入ることにしていたユッコは、

社会人としての未来を相談しているうちに、そういう仲になってしまったのです。

「ところが、由起子は成人した時分からしだいに物忘れが酷くなり、

日付や自分のいる場所が分からなくなるというようなことも増えてきました。」

“若年性アルツハイマー”。夫となった伸介君が告げられた妻の病名です。

けれど日々薄れていく記憶の中で、“チャコ”っていうわたしのあだ名だけは忘れまいと、最後までユッコは呟いていた。

そう伸介君は明かしてくれました。

「間もなく由起子の四十九日法要を済ませます。乞う義理ではないのですが、彼女が浄土に旅立つ前に、どうか会いに来てやっていただけないでしょうか?」

 これは彼女にしてやれる夫としての最後の仕事なのです。そんな真摯な言葉で手紙は結ばれていました。

 初夏のベトつくような暑ささえ忘れ、わたしは反対側のホームのベンチで何台かの上り電車をやり過ごしていました。

 ふと気付くと、隣に中学生くらいの女の子が二人、並んで座っています。

二人は無言で手を握り合っている。東京行きの快速電車がやってきた時、その手が解けて、一人が立ち上がりました。

「じゃあ。」

「うん。じゃあ。」

その光景はまるで昔観た映画みたいに、かすれた茜色の一コマたちが連続して映っているようでした。

わたしはやっと腰を上げる決心がつきました。

ユッコの心と、再び繋がることができるものか、ありのままの自分の気持ちを確かめてみる気持ちになったのです。

続く

by ケイ_大人

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自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。