豆腐の味 第一話

写真 (2)

「智恵子さん、二七年前を覚えていますか。金森伸介です。」

実家に届いたこの手紙の封を開けた刹那、

錆びついた歯車がガリガリと窮屈な音を立てて回り始めました。

過ぎ去りし時間が慌ただしく巻き戻る。

すると、君の残影がゆらゆらと近づいてきて、

柔らかな木漏れ日の下で邂逅しました。

「きっとあなたは幸せにお過ごしのことと思い・・・」

差出人が見知らぬ男では迷惑じゃないかと、

“千葉県立四街道南高等学校 第三二回生同窓会のご案内”って御丁寧な表書きを添えて。

それから穴が開くほどわたしは読み返しました。

彼はまだ苦しんでいるのかもしれないけど。

夫と子供たちと、幸せの形を築いてきた今のわたしにとって、

あの頃の出来事は、もはやほろ苦い思い出に昇華しています。

「伸介君たちには、わたしの許しが本当に必要ですか?」

わたしはそう手紙に問いかけました。

あれから何度も何度も問いかけて、返書をしたためては破り捨てました。

「まもなく物井に到着いたします。」

車内アナウンスの声が遠くで聞こえて、わたしは伏せた視線を車窓にやりました。

まぶしい青田。

「あの頃のままだわ。」

夕映えの農道をユッコの漕ぐ自転車の後ろに乗って、口笛を吹いた季節。

「ここまでは来たけれど・・・。」

今さらユッコの霊前に手を合わせることに何の意味があるのか、私にはまだ解けないでいました。

伸介君とユッコがたとえ救われたとしても、わたしに残るのは虚しさだけかもしれないのです。

伸介君がユッコと付き合い始めたことを聞いて、

「もう沢山だ。」

と、母にぶつけて泣いていた当時の自分を思い出します。

いちいち説明などは求めずに、我が娘の傷心を察した母は、

「涙したら余計惨めになるだけ。東京に越したらきっと忘れちゃうんだから。」と、

その度一笑に付すのでした。

田舎育ちの純真な高校生が、心から愛する人の裏切りなどを想像できたはずはありません。

「さてと。」

木造時の面影など微塵も残されていない物井駅のホーム。

「やっぱり帰ろうか?」

総武線を降りたとて、まだ迷いのブランコに激しく揺られていたわたしは、暫時佇んでいました。

続く

by ケイ_大人

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自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。