浮惑なカモメ 第十二話

第五章(2)

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 九月になって、横浜に戻ってきた鉄ママから久しぶりに連絡が入る。

「また商売するから、ねえ、たのむわよ、あゆちゃーん?」

って。

 部屋の家賃もかれこれ三ヶ月分滞ってしまい、

そろそろ何時追い出されても仕方がないかと、

荷造り用の段ボールやなんかを拾い始めた矢先だった。

男娼業は心底「今さらもう」だったんだけど、

他に仕事を探す気も起きないし、

この部屋を出たら寿町の簡易宿泊所でも探そうかなって、

落ちぶれた自分の未来さえ想像していたから、

まあちょうどいいアレか、って、自嘲した。

ひとまず年内は出来るだけ稼いで、それから辞めようか……、

なぁんて適当な考えでフラフラしていたら、

二度目の男デビューで案外男の気持ちよさに覚醒し……。

客につけば必ず、ファックをせがんだ。


思い切って、鉄ママに「タチの掘り士限定ね」
って冗談半分に手を合わせへ行ったら、

「あたしも味見していいかしら? ?」

と、恵美の乳首みたいな色の深紅のドレッサーに正対して、
顎髭頬髭を抜いていた坊主オヤジが、
おもむろに皮の被ったペニスを露出する。

「でもその状態じゃあ……」

 ぼくは呆れた苦笑いを浮かべる。

「あたしリバだけど、きほんネコっけが強いわけ。だから、ね、はい、あゆちゃーん?」

 まだ竹の子状態のそれをクリクリ図々しくも差し出してくる。

 ぼくは「まあ(これも)流れだから(しようがない)」と膝をついた。

 ほのかに小便の臭いがする。唇を使ってゆっくりと包皮を剥きながら、

口内の舌上をするりするりと滑らせていく。

「あんっ?」

 このオヤジ、気味の悪い喘ぎ声を洩らす。

ぼくはつくづくそう思った。

 ふと視線だけ上にずらすと、

海老反ったママの恍惚に歪む表情と、ぼくの黒髪が上下にわさわさと動くのだけを、

化粧鏡が映している。

 ここから見えるぼくみたいに、ぼくにはもう顔がないのかもしれない。

 

つづく

 

by ケイ_大人

 

 

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自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。