話聴き屋 第一話

写真 (7)

「芳子は優しい子なんだけど、顔があれだからな。」

去年やっと死んでくれた忠おじちゃんが、酔っ払ってくだを巻いたのは二十年も前の正月。

家族親戚全員が 大爺を囲む恒例の宴だったわ。

まだ中二のいたいけな田舎娘は、大人の会話になんか関心の「か」の字もなかったけれど、

忠おじちゃんの不躾な発言にピクンと反応したの。

「もうあなたこんな大勢の前で可哀そうじゃない。」

と、腕(かいな)を制する里子おばちゃん の一言が、

余計火に油を注ぐ。

“それは私の台詞だ。” と手元のアップルジュースをぶちまけるより早く、

今度はお母ちゃんが、

「まったくねえ、ねぶたの山車にでも乗るかしら。」

だって。

わたしは悔しくて、赤面するよりほかなかった

「お姉ちゃん、遊ぼう。」

 大方お年玉の集金を終え、そろそろ大人の集いにあきた弟の潔が、無邪気にすりよってくる。

「うるさい!」

 わたしはまだ小さい潔を、思い切りはたき落とした。

 一瞬、場が静まりかえって、たちまち潔はわっと泣き出したの。

 いまから思えば潔は私の代わりに泣いてくれたようなものね。

(中学を出たら、すぐ東京に出てやる。もう凍え死にそうな津軽平野にはうんざりだ。)

と、わたしはそのとき決意したんだ。

 とはいっても、結局中卒で上京なんて許されるはずもなく、こころざし中途半端に商業高校へ進学し、

いつか役に立つかもと地味に簿記でも始めてみたけど、本当に地味すぎてすぐに放り出した。

この顔で“経理”じゃあ、ハマリすぎていて笑い者になるわよ。

 次にわたしは、なりふり構わず処女を捨てたくなって血が騒いだの。

当時流行り出した出会い系を漁って、知り合った左官工の男とやった。

実際喰いついてみると、こんなもんかって感じだったけど。ただ痛いだけでね。

 なのに健気で純朴な女子高生は、

「また会おうね。」

と、左官の掌をウルウルと握りしめた。

 ねえ! そしたら何だと思います?

「チェッ」

って、舌打ち。しかもわたしがシャワー行ってる隙にバックレやがんの。

 渡された一万円でラブホの勘定はなんとかなるけど、アッタマきて、

「●●って男、下手くそ!! わたしの処女かえせ!」

“旅の恥は書き捨て”ノートに、実名入りで ばらしてやったわよ。

 森島という男はずっと目を細めていた。わたしの他愛ない昔話にただ耳を傾けて付き合ってくれていた。

東京で最初に勤めたのは高島屋の地下の惣菜売り場でした。

そこで三年は頑張ったかな。

でもある日、好意を持っていた同僚が、別の女子と結婚することになったと耳にする。

わたし辛くって、泣く泣く三日後に辞表を出したの。

 すぐおけらになっちゃってね、急場歌舞伎町のファッションヘルスに入店したけれど、
店長に

「君には無理だね、客が付かない。」

そう烙印を押されて、一週間で荷物をまとめた。

「へえ、そりゃ堪えるなあ。」

 森島が初めて間の手らしい台詞を挟んだ。

 それからしばらくフラフラしてたら、今の店のママが拾ってくれたの。

「あんた顔はダメだけど愛嬌あるし。」

まだ二一才と若いから、水商売をやってみないかって。

もう笑うしかなかった。
(そういうことゆっちゃうのって、青森県民だけじゃないんだ。)

東京でも同じなら、どこに出てもきっと弘前と変わらない。

恨む相手は、わたしを馬鹿にする他の誰かじゃなくて、この顔に生まれた自分自身なのね。

やっぱりそれまでは、わたしのキャラクターってもんを認めたくなかったんだよ。

認めたら、負けのような気がして。

 普通に扱われたい。普通に恋愛もしたい。

この世界にはわたしの顔を見て笑う人ばかりじゃないはず。そう信じたかった。

 森島は黙って頷いた。どこかの観音様のように優しい表情で、

「失礼だけど、芳子さんは今おいくつですか?」

と尋ねる。

三一です。

「では足かけ一〇年ですか? 夜のお仕事。」

そう。なんだかんだでね。

化粧はわざと派手にして、ちょっと若い子とはズレた服で仕事をするの。

そうすると、客はわたしをいじって面白がるでしょ

続く

by ケイ_大人

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自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。