話聴き屋 第三話(最終話)

写真 3

アーケードの店々がシャッターを下ろす深夜。

とある小さな時計屋の店先。

屋外スケッチ用の小さなチェアにちょこんと構え、折畳みのちゃぶ台に肘をついて、

いつ訪れるとも宛てのない来客を、彼は毎日待ち続けている。

客が腰かけるビールケースには、わずかなサービスとしてブランケットを添えて置く。

イーゼルに据えられた木パネルの口上看板には、先のキャッチコピーがつらつらと書かれている。

 その留守番というわけ。


「あの・・・ すみません。」
見上げると齢(よわい)五〇才、小太りのサラリーマン風が立っている 。

「森島さんは?」
えっと・・・、今トイレに。

「そうですか。」
じゃあ待たせてもらっていい? と、 おじさん。

「あっ どうぞ。」

なんか気まずい。困ったなあ。

「冷えてきましたよね 。」

と、おじさんは鶯色のハーフコートの襟を立たせた。

「わたし、坂田と言います。」

どうも。 あっ、でもわたし、ただ留守番頼まれただけで。

「そうですか。」

坂田はギュロとわたしの顔を覗きこむ。

嫌、そんな見ないでください。わたし、顔にコンプレックスあるから。

「ああ。 ぼくといっしょだ。」

おじさんは笑った。

よく見ると髭こそないけれど、えびすさんのようにふくよかで縁起のいい顔をしている。

それだけでもわたしの顔に比べたら羨ましいけど。

「会社の女の上司は、ぼくをトンカツって呼ぶんですよ。 太ってて、脂ぎってるからって。」

顎下の肉を摘まみ摘まみ、

「ケンタッキーて言われることもあります。まったく腹が立ちますよね。」

ってこぼしながらも、この顔から鬱々したものや怒りや憎しみは感じられない。

 丸顔ってやっぱり得よね。

 でも話聴き屋に用があるというのには、やはりなにかの訳があるはずよ。

確かにうっすらと困り事でもあるような感じはする。

 坂田さんはよく来るんです? ここに。

「ええ 時々ね。」

 へえ。わたしは今日初めて寄らせてもらって、 森島さんに今さっきまで聴いてもらっていたんですよ。

 すると坂田は少し驚いた様子で、

「あ、あー、そうでしたか。ぼくはてっきり 森島さんのお師匠さんかお弟子さんかと。」

 わたしはプッと吹き出す。 観音様のような顔になりたいもんだ。

「いや確かに森島さんは若いのに徳を積んだ顔をしてる。考えすぎたら損ですよって、訴えてるように。」

 上手い形容をする。言葉に変換すると確かにそうかな。

「だから時々ね、元気をもらうんです。もう直 ぼく、結婚しなくちゃならないから。」

 ほう。それは“幸せ”な話しではないか。どうして「しなくちゃならない」なんて、消沈してるのかしら。

金目当ての政略結婚? それとも外国人との偽装か?

 いずれにしても、めでたいことには違いないのだから、こんな吹きだまりのような場所に頼る意味などないのに。

 坂田の眉間に憂いの影がさす

「ぼく・・・、自信がないんです。」

          *

 彼女は葬儀プロデューサーという仕事をしています。

出会いはお袋の葬式で。 “死者の取り持つ縁”というやつですね。

ぼくは、官公庁のガイドブックを扱っている小さな出版社に勤めてましてね。

かれこれ四半世紀も、そんなお固い仕事に就いていますから、今までにパッと来る出会いがなくて・・・。

そりゃねえ、ぼくだってパートナーを真剣に探した時期もありましたよ。

親類や友人にもけっこう紹介してもらって。でもことごとく・・・、

「断られた?」

留守番の女は単刀直入にずいぶんと失礼ことを言います。

いやあ、その逆。

「ぎゃく?」

そう。ほとんどがぼくの方から御断り。

なんか土壇場になると、面倒になってしまってね。

「ふーん。」

と、女は訝しげな面持ちでちゃぶ台に頬杖をつきます。

「どうして、面倒?」

長く独りモンだから、ひとりって気が楽なんですよね。

好きに食って、好きに飲んで、好きに寝て。

「でも今回の彼女さんは違うんですね。結婚を決めたってことなら。」

葬儀屋の彼女はお袋のことで、本当に細かいことにまで世話を焼いてくれました。

だから、とても感謝の気持ちはあります。

四十九日が終わったら「食事にでもいきませんか?」って、ぼくの側から誘ったわけですしね・・・。

「坂田さん、なにを悩んでるの?」

          *

 そう尋ねると、坂田は暫時黙ってしまった。
 興味本位に余計な口をきいてしまったと、わたしは首を垂れる。

「彼女は本当にぼくみたいな冴えない男を好きになってくれていて・・・。」

 それは涙が出るほど有りがたいのだと。

「彼女は積極的にドンドン手続きを踏んでいく。いつ一緒に住んで、いつ届けを出して、いつ家具を買って・・・、と。でもなにか一つが決まっていくごとに、ぼくの心はますます渇いてしまってね、『ぜんぶ嘘!』って叫びたくなる。」

 なのに引き返せなくなっているのが、このおじさんの優しさ。いや弱さなのだ。

「けっきょく、共同生活というものをしたことがないから自信が持てないんだよなあ。」

 つまり、他人から受けとる気持ちに自信を持てないということなのね。

 わたしと同じだ。

 坂田はコッペパンのような両の手で頭を抱え、それからアーケードの天井を仰いだ。

「あっ・・・。」

 どうかしたの?

 坂田はまたさっきのようにわたしを覗き込んで、

「森島さん・・・。」

 そうだ。 用を足しに出かけた主はまだ帰らない。

「まだですかね? 遅いなあ。」

 同棲中の彼女が飯の支度をして待っているから。

痺れを切らした坂田は、森島宛てのメモを残して席を立った。メモにはこうあった。

「先日お約束した時間に参りましたが、今日は引き揚げます。でも今日は今日でよかったです。優秀なお弟子さんに話しを聴いてもらいましたので。」

 はあ?

 わたしは弟子でも師匠でもないと答えたはずだ。

「やあ、芳子さん、すみせん遅くなって。」

 見上げると、ほんのり赤らんだ森島が立っている。

 ちょっとちょっと! もしかして飲んできたの?

「すみません。我慢ができなくて。」

 森島は悪びれる色もなく、無邪気な笑顔で頭を掻いた。

「もう、あのさー。」

          *

 芳子は手帳の一ページを破ったメモ書きをぼくに差し出した。

「彼がここに来ること分かってて、席を外したの?」

 本当にねぶたの山車に乗っかりそうな形相で、芳子は下から睨みつける。

けれど、なにか緩んだものを確かに感じた。

 と次の瞬間、芳子は笑い出す。ぼくも堪えられずに吹き出してしまう。

二人はひとしきり腹を抱えて笑った。

「ありがとう、森島さん。ちょっと楽しかったわ。」

 ええ。

「あのおじさん、わたしなんかをあなたの弟子だと思って打ち明けてくれて。」

と、芳子は腰を上げる。

 ぼくは芳子に、話を聴いている時のあなたの顔、良い表情をしていましたよって、持ち上げた。

「えっ? じゃあ、さっきのやり取りを見物していたの?」

 ええ、あの物陰からちょっとだけね。と電柱のあたりを指差し、それからぼくはごめんなさいと詫びた。

「おかげで、すっかり冷えちゃったわよ。」

芳子はしばらくしゃがんでいたので窮屈だった、と、腰を伸ばした。

そう言えば、さっき赤ちょうちんのテレビでニュースをやっていてね、津軽は初雪ですってよ。

「そうか、もうそんな季節だよな・・・。」

          *

 正月には潔の子供にゲームソフトでも奮発するか。

「良かったらまた寄って下さい。」

と、観音様は千円札を一枚ありがたそうに受け取る。

ええ、きっとまた。

故郷の厳しい寒さも、今となれば懐かしい温もりなのかもしれない。

森島に手を振りながら、わたしはそんなことを考えていた。 
 
(完)

by ケイ_大人 

 

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自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。