天使と悪魔 (前篇)
あれから ヒロシは ほとんど口を利かなくなった。
娘ができてからますます張り切っていた引っ越し屋の仕事もやめた。
憔悴しきった夫を慰めたいと、つとめて明るく振る舞おうとするけど、ダメ。
気がつけばわたしが嗚咽している。
憎い! わたしたちのカリンを奪ったあの悪魔が憎い。
安置室で遺体に面会した時、ヒロシもわたしも思わず目を背けた。
「あれカリンじゃないよな?」
はじめ、ヒロシは半笑いだった。わたしもヒロシにつられて口元を緩めかける。
当然だ。 わたしたちの目の前に置かれていたのは一歳になったばかりの娘ではなく、 ただの肉の塊だったのだ。
右腕の上腕と左足だけがバランスをとるようにくっついていて あとはなかった。 頭部もなかった。
わたしは必死にこらえて、カリンと認めないための証拠を目で探した 。
間もなく最悪の現実を呑みこまなくてはならないんだって分かりながらも。
恐ろしさが急激に身体中をかけめぐり、経験のない震えと悪寒に襲われる。
「サリ、だからあの時おれ言ったよな?! おいサリっ!」
ヒロシはわたしよりもほんの少しだけ早く、この事態を受け入れたのだと悟る。
その怒声が脆弱な堰を切ったかのように、彼は膝からくずれて むせび泣き始めた。
わたしはまだ泣けなかった。 けれど理解を拒否しようと唇を噛む一秒ごとに、くらくらして吐きそうになる。
「違うよ、カリンじゃないよ!」って、唱えるように、こみあげてくるものの全てを押さえつけていた。
わたしたちは一昨年の暮れまで、関内のクラブで働く仲間だった。
ヒロシは黒服で、わたしは毎週売上ベスト5に入る嬢。もちろん恋愛関係は御法度だ。
十二月、わたしはどうしてもあとヒト稼ぎをしてからオミズを上がるんだと、誓いを立てていた。
ヒロシのため、お腹にいるこの子のため。 わたしたちの幸せを叶えるためなら、どんな手段だって使う。
誰かを傷つけたって構うもんか。
「わたし永瀬さんのお嫁さんにしてもらおうかな」
×のついた四十過ぎオヤジをからかわない方がいい。
永瀬という男は、紳士的な口ぶりで、わたしの手をそっと握った。
「わたし……色恋の営業はしないよ」 永瀬は優しく微笑んで、明日も指名していいか、と尋ねる。
「ほんと?! うれしい! いいの?」
そうして下から覗き込むように男の眉間のあたりに視線を集中させる。
これで喰いつかない男なんていない。
その日から永瀬は、退店の日と決めていた大晦日までほぼ毎日店に現れた。
「サリ、あの客大丈夫か? あんまマジにさせんなって。ああいうアラフォーのオヤジはシツケーぞ」
ヒロシから、そんな内容の心配メールが何度も来る。
「大丈夫よ、わたしの愛しい黒服さん。ねえヒロシ、いっしょになったらこの子と頑張っていこーね」
そっと返信して、店内でアイコンタクトを交わすわたしたち。
他のキャストや黒服にも、もちろん客の永瀬にもバレやしない。
最後に永瀬と交わした言葉は、「良いお年を!」だった。
新年の出勤は八日からだと余計な嘘までついて……。
じゃあその日にお節コースを予約しておくから、フレンチのレストランで同伴出勤しよう。
渡したいモノがあるからどうしても、と。
結局要求に応える形を見せざるをえず、どうせ叶わぬ約束まで交わすはめになった。
さすがに心は痛んだが、予定通り大晦日限りで店仕舞い。
すぐにメアドも電話番号も変える。
もはや一文の価値もない携帯のアドレス帳はこれまでの歩みごとオールリセットし、
かつて客から贈られたブランドものなんかは洗い浚い換金した。
(続く)
by ケイ_大人
ケイさん、いつも小説楽しみに見ています☆*今日わ金曜日だ!!と思って、電車の中で小説を食い入るように見ていたら、出口と乗り換え口を間違えましたぁぁ(´д`)笑!普段本とかわまったく読まないんですが、ここの小説とブログわ全部読んでます♬*えっへん!!今回わ前編ってことわ、二部構成なんですかっ??ちょっとお話わ怖いけど、続きが凄く気になりますΣ(*゚ω゚*)挿絵もいつもピッタリですねっ!!この小説を通して、少しずつ活字になれていけたらなぁ。なんて勝手な目標です(笑)!これからも頑張ってくださいねっ╰(*´︶`*)╯♡
ヤーマンさん。お便りありがとうございます。楽しみにして頂いているようでとても嬉しく思います。
出口?間違えないように気をつけて下さいね(笑)
挿絵写真はサイトスタッフの素晴らしいセンスと、熱意によるもので、私も日頃から感謝しています。
文章が負けないようこれからも精進して頑張ります。応援よろしくお願い致します。
わわわ!ケイさんから返信が(´;ω;`)♡今日気づいて、嬉しすぎて何回もコメントを読んでしまいました(泣)!こうゆうお話わどうやって思いつくんですか??度素人の質問ですみません(っω・`。)私わ文才が全くないので、ホント凄いなぁ//と思うばかりです!ケイさんの小説わ、スタッフさんの支えがあって出来ていたものだったんですね♪そのお話を聞いて、さらにここの小説のファンになりました(*´˘`)♡怖いお話のはずが、今わ凄くほっこりした気持ちです☆*笑!皆さんにも宜しくお伝えください♬ これからも小説楽しみにしてるので頑張ってください\(^^)/ヤーマン!