天使と悪魔 (後篇)
年明け間もなくヒロシと籍を入れ、隣町に引っ越した。
狭い2DKだったが、新築だったし、南向きの暖かい部屋だったのですごく気に入った。
丘の上で、風もよく通った。ヒロシが汗臭い体で帰ってくると、いっしょにお風呂に入る。
わたしは背中を流してあげて、ヒロシは大きくなり始めたわたしのお腹を撫でてくれた。
そして、六月。
「わたしが夜の街で働いた意味は、ヒロシに出会うためだったのだし、この子が生れてくるためだったのね」
わたしは取り上げられた娘の顔を見て、そう確信した。
わたしは欲しかったものをぜんぶ手に入れた。
今年五月、何者かの手でカリンが連れ去られた。
すぐに警察は「永瀬」を犯人と断定し拘束する。が、遅きに失した。
カリンは変わり果てた姿で、永瀬宅の浴槽で発見される。
「ヒロシ、大根のお味噌汁作ったから食べよう」
部屋に籠って布団を被るヒロシ。あれから四カ月ほど経つけど、いまだ毎日こうだ。
「……」
「ヒロシの好物だぞ」
何か口にしなくてはさすがに毒だとわたしは続ける。
「いらない」
「でもさ……」
この上あなたまで倒れでもしたら、わたしはどうなってしまうのか、
できるだけ深刻な物言いにならないように気をつけながらそうこぼす。
「なあ、サリ……」
布団を剥いで、ヒロシはむくりと体を起こした。
そしてこちらに背中を向けたまま、
「おれ……、やっぱりお前が許せない。おれのカリンを奪ったのはあの鬼畜だ。でも、お前も悪い。もういっしょにいるのは無理だよ」
と。
ヒロシからこの頃何度となく突き付けられるそんな台詞にも、実はもう慣れっこになっていた。
「……」
わたしは寝室のドアをそっと閉めて、また独りで夜の食卓に着く。
凍りついた体をちょっとでも温めたいと味噌汁をすする。大根が生煮えで固い。
食卓と平行に配置したサイドボードの上には、位牌と、それを囲むように愛らしい天使の遺影たちが並んでいる。
カリンだけのポートレート、三人のスナップ……。
そのわずかな空間だけには、事件とは無縁の静穏な時間が流れているようだ。
生後一年足らずだったけど、
「あなたは幸せだった?」
と、わたしは毎日色んな表情のカリンに問いかけてみる。
「ごめんね、ママが悪かったの」
と、手を合わせる。
カリンに混じって、わたしの卒業写真が一枚。
あの大晦日に撮ったものだ。盛り盛り上げた髪、濃いルージュ、背中の割れたドレス、弾けんばかりの笑顔……。
「醜い悪魔!」
わたしはあの日の自分に向かってそうぶつける。
今さら悪魔を呪ったって、わたしたちの可愛い天使は永遠に帰っては来ない。
そんなことはすっかり分かっているのだが・・・・・・。
(完)
by ケイ_大人
ケイさん、完結お疲れさまです(*^^*)電車の中でこれを読んでいる時が、金曜日乗り切ったぁぁ!とほっとする瞬間です(笑)☆*天使と悪魔、全く真逆のものが、ちゃんとお話の中で繋がっているのが凄いなぁと思いました。面白かったです!サクサクっと読めるのも嬉しいですが、ケイさんの小説なら長編も読んでみたいなぁ╰(*´︶`*)╯と思いましたっ♡//次回作も楽しみにしてます♬*ヤーマン!