寿毛平

-vol.30 – □■ 蕎麦の舟 ■□

2013年10月 7 日 来訪

02

蕎麦づくりが男性の趣味として脚光を浴びている。
こだわることが好きな男性の甲斐性の受け皿なのだろう。

蕎麦粉に水を入れ(水回し)て生地をつくる。
その日の温度や湿度にあわせ微妙な調整が必要だ。

うどんは、生地の練り直しをしても
味にはさほど影響がないが、
蕎麦はそうはいかず一発勝負だという
なんともこだわる心をくすぐる

そして延ばす。均一に薄く延ばすのにも技術が必要なら、
切る。均一の幅で細く切るにも技術が必要で
これができるとなるほど恰好がよい。

茹でてから冷水でぬめりを取りのぞき、
出来立てをツルツルといく。

準備が入念で時間がかかる割には
食べている時間は短い。この辺りの潔さも男性らしい。

作る方もこだわりだが、
食べる方にも蕎麦には、こだわりがある

辛めの液(つゆ)でないといけないだの、
3分の1以上 つゆに浸してはいけないだの、
音を立てて食べろ だのという。

飲食店の出す蕎麦の食べ方について
こだわった人の代表としてまず名が挙がるのが
池波正太郎である。

酒を出さない蕎麦屋では食べず、
”抜き”といわれる特殊なメニューやら、
板わさ やらで日本酒を飲み、

最後に蕎麦で締めるというフォルマリズムだ。

抜き というのは天ぷらそばから蕎麦を抜いたもの。

穀類はなるべく後回しにするのは酒通の性根である。

蕎麦という料理は、江戸時代にほぼ今の形となる。
蕎麦切りといわれるものだ。

昔は蒸して食べたので、和菓子職人もよく作ったとか。

夜鷹蕎麦という屋台売りが街に繰り出して
一斉に庶民の胃袋に膾炙した。

有名すぎる落語の「時そば」も、夜鷹だ。


夜鷹と呼ばれるようになった理由は2説あり、
ひとつは、娼婦(=夜鷹)からきたもの。
もうひとつは、吉宗の時代に鷹匠のために出したからというもの。

夜鷹の蕎麦を謳った川柳は多いが
やがて新興勢力の風鈴蕎麦というのが出てくる。

風鈴蕎麦は屋台に風鈴をつけ
夜鷹よりも衛生的にし、
しっぽくを出すなど、メニューの拡充を図った。

これがだいぶ人気となり、
江戸後期には夜鷹も風鈴をつけて差がなくなったという。

ひょっとしたら、「時そば」は
風鈴VS夜鷹がつくった物語かもしれぬ。

そば屋台が売った季節は
鷹匠の手を温める名目通り、冬である。
しかも、夜遅くに商売をした。

江戸時代の民衆の動きをみて、
いつも感じるのは一体感である。
そしてエコだ。

火をいつまでもつけているのは
もったいないと江戸中で早く寝ようとしたという。

夜遅くに商売するニーズは、
燃料の値上がりのためである。
身体の燃料も不足している。

夜にお腹が空いたときに
おとした竈にふたたび 火をおこすのは一苦労であったため
手っ取りばやく夜鷹や風鈴に頼ったのである。

”蕎麦切の声を力にゆく雪隠”

という川柳があるが、
寒い時分の夜中の用足しに、
蕎麦切の声が頼もしく感じられるという
なんとも人情が感じられる歌であり、
かつ、当時の様子が伝わってくる。



蕎麦は健康食でいかにも日本らしい食べ物である


江戸時代の前半の集大成である料理書「料理物語」によると
蕎麦は後段のものとされる。

後段とはデザートという感覚だろうか。

蕎麦を蕎麦切と呼んだのは、
ほかの料理法があったからで そばがきが その候補だろう。

江戸っ子の初物好きは、身上(しんしょう)が傾くほどで
初鰹はすごい値段だったという。

新蕎麦にも、こだわるからには
フォルマリズムだけでは、ばつが悪く、
新蕎麦が長生きになるとされた。

なかでも和菓子で有名な長命寺で食べる新蕎麦に群がり

”新蕎麦にまた生き延びる長命寺”

という川柳まであったほどだ。



後段がそのまま
しっかりと蕎麦の文化が完成に向かうと
蕎麦をこだわって食べるような高級志向がでてくる。


先述の文豪のこだわりもいかにも自然の流れからの謂となる。


蕎麦前とは酒を指す。


つまみは、蕎麦を揚げたものも おつである。

いろんなメニューがツマミに転じる。
月見に使うタマゴで、玉子焼きをつくったり
しっぽくにつかうカマボコで 板わさができたりする。


”葉桜や 蕎麦屋でたのむ玉子焼き” (鈴木真砂女)


05

 

うまい肴のあと、蕎麦で〆るにはもってこいの店が今日の舞台である。

まずは、ビールにお通し

お通しは、がんもどきの煮物

こういうおふくろの味がサラリーマンの胃袋を鷲掴みにする。

 

寿毛平・・・

創業35年というから、この店が誕生したのは昭和51年。
北の湖と輪島がしのぎを削ったころだ。

今や世界で一番影響のある企業とまで
いわれる アップルコンピュータが創業した年

この年のヒット曲は、およげ!たい焼きくん


まだ紅白歌合戦の視聴率が70%を超えていたころだ。

池波正太郎の 必殺仕事人 がはじめて放送された年でもある。

みんなが一緒に食卓を囲み、TVを観ていた時代なのだ。



まずはお刺身をいただく
今日は料理長おすすめの刺し盛りを頼んだ。

蕎麦前よろしく 日本酒をいただく

14

 

鰆、秋刀魚、カンパチ、甘海老、

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鰆の刺身

活け締めというから食感よりも旨味を楽しむ。

鰆だから春が旬だと思うが


冬瓜が夏の季語であることを思い出して
待てよ、と思う。

秋刀魚に脂がのるのは実は真冬
でもそれでは脂がきつすぎるので、秋に食べる。

生態としての旬と食べ物としての旬があるのであろう

そんなこだわりが、
実は生態系について敏感になったりするのではないだろうか。



まぐろも旨い
中トロと赤身の中間といったところか

数センチ違うだけで
食感と脂の乗りが微妙に違い、さまざまな味わいがある



<栃尾揚げ>
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さきほどの伝だと
きつねに使う油揚げを、つまみに転化することができそうだが

栃尾揚げは、その進化版だろうか。
新潟長岡の名物 大きな油揚げを栃尾揚げという
中には相性の良い納豆がはさんであり、
カツオ節に醤油を垂らして食べると非常に美味だ。


<鮪カツ>
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蕎麦屋のカツ丼は、出汁がしみてうまいなんていう
これも進化版 鮪カツだ。

中がレアなのがうれしい。
味付けもおしゃれだ。


<豚しゃぶサラダ>
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とてもあっさりと美味しい。
栄喜の前菜だ。


そして、〆のお蕎麦
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ツルツルと旨い。
ちょうどよい細さ、喉越し
かみごたえ、どれをとっても〆にふさわしい。

さらには、

一つの舟をみんなでつつくととてもよい

こだわりがある品物だが

江戸の一体感と相まって
感慨深さまで感じる饗となった。


こだわりの糸がそばになって落ちる。

みんなの悩みも落ちてくる。

一人で勝手に食べるのは風流。
でもそれだけでは生きられない。



親戚じゅうが共に食べ
故人を亡くした悩みをやわらげる

家族で食べて
嫌でもみんなで食べて悩みを分かち合う。

共に食べる食卓を通して
こだわりを飲み込んで、明日への活力とするのである。

そんな力を蕎麦の舟に感じた。


こだわりを沈めて温(あつ)き蕎麦の舟 (拙)

 

 

参考:寿毛平

photo by  #D・O・Y

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これまでのコメント

  1. ヤーマン! より:

    ブログ読みましたー♪*私も学生の頃、課外授業で蕎麦作りの体験をしたことがあります。でも仕上がりわ残念で、けして美味しいとわ言えませんでしたっ(笑)あのツルツルっとした喉越しを出せるのわ、本当に不思議です((((;゚Д゚)))))))!!ここわ蕎麦屋さんとゆうより、蕎麦がお薦めな居酒屋さんなんですねっ☆おつまみも豊富で、どれも美味しそうでした(*´˘`*)皆で蕎麦をつつくってとこもいいですねっ!いつも色んな情報ありがとうございます。更新楽しみにしてます(ฅ’ω’ฅ)ヤーマン!!

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