新橋四丁目酒場 わっつり

-vol.4- ■□荒び(すさび)の放電□■

ーー2012年10月26日来訪ーー

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Yさんは営業職。

ある日、出値(だしね)を間違えてお客に提示してしまった。

利益が薄い最終手段のもの。

「こんなもんで、いけるんでっか。 ほな、やってもらいますわ」

お客の言葉で、ミスに気付いた。

一度出した金額は引っ込みがつかない。

しどろもどろになりながら 製品のよさをアピールしたが

お客から値段をあげてくれるわけはない。 まさに痛恨のミス。

あのとき、チェックしていれば、、、

部長に報告すると、怒るでもなく

「ウチの商品は丹精込めて作っている

それをなるべく高く買ってくれるお客さまに 紹介し続けるのが営業の役目」

淡々とした言葉。返す言葉もない。

Yさんは、売り出す前に、工場を見学してまわっていた。

ひとつひとつ、いとおしむように製品をチェックする 東北出身のおばさん達の苦労も見ていた。

身の保身のなぐさめの思いはどこかに飛んだ。

キリキリとした胃の痛みを伴う、申し訳ない思い。

その夜、Yさんは居酒屋に足がむいた。

明日からの仕事の段取りを整理すると 夜遅くなったからだ。

昼間の失敗を忘れようと杯が進む。

東北訛りの男性から話かけられる。

「ずいぶん酒強いだね。 あすたもあるだから。

とっくらがらねぇようにきぃつけでな。」

とっくらがる とは、ひっくり返るという意味らしい。

Yさんは、なんだか温かい気持ちになった。

家も近づくと、酔いが過ぎたのか、目から涙が出てきた。

東北の人の言葉は、どこか温かい。

なぜか思いやりを感じる。 厳しい冬を乗り越える共同体がつくる人への優しさなのか。

日本人は山に畏怖を感じるという 同時に、憧れも感じる。

歳神のおとずれ(音連れ)を感じる依代 という装置を使い、里は山のパワーを充電する。

それが正月の数々の行事に生きる。

かつて、どんな権力にも東北の人たちは屈しなかった。

山の神が、母なる海が、彼らとともにあるからなのだろうか。

普段日常はおとなしく、清貧に生活を送り、

時として、荒ぶる魂を放電する行事を行う、

そんなアニュアリーなライフパターン。

それは、日本が古来もっていたというだけでない。

さまざまな種族が行うポトラッチ(蕩尽)は、

文明を拒否すると レヴィ=ストロース(悲しき北回帰線)はいう。

右肩上がりの拡大を追究し、放電する余地を持たない資本主義は、

金のための金を求めて、パワーは膨れ上がる。

富の集中は公共の福祉に分配すべく官僚装置が必要だが、

高邁な精神なくば陳腐化し、官僚装置そのものが増大してしまう。 (マックス=ウェーバー)

そんな調整も必要ない 調整は人にはできない

山神海神への畏怖がそれを果たす。

それをたおやかに心で体現する 東北はまさに日本の宝だ。

まじめで実直なYさんが出会った 経済社会と、人間の魂との交差点。

里人が山人などの稀人(マレビト)に出会うときは変化の訪れである。

普段なにかを我慢していても、

ときには思いっきり羽目を外したときもある。

八戸の方言で、”思いっきり”を “わっつり”というらしい。

新橋四丁目に わっつり という居酒屋がある。

魚串の店である。 肉ではなく魚貝が串ででてくる。

これならいろんな種類が味わえる。

店内はさほど広くなく、華美な装飾もない。

その代わり食材はさまざまな種類が並ぶ。

思わず、いきなり日本酒でいきたくなった。 大吟醸の地酒をもらう。

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あては、〆サバに、カワハギだ。

ねっとりした味わいのサバ、

生き締めゆえの旨みが薫るカワハギ。

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ホヤを頼んだ この味がたまらない。

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くせになってしまう。 酒も進む。

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一気に酒が進んだのは、 お通しにあら煮が出てきたからか。

お通しにしては量が多い。 少食な人なら結構満腹になってしまうだろう。

甘辛く煮つけた煮物をほおばり、日本酒をお代わりした。

助走が長くなってしまったが お目当ての串に移る

 

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ハラス(鮭)、つぶ貝、ししゃも(メス)

なるほど、何本でも食べられそうだ。

おすすめを尋ねると、ブリ大根を是非という。

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店員のお兄さんは、とても人当りがよく親切。 おすすめにのって頼んだ。

大振りなブリ。 実に脂がのっていて、 それを甘辛い煮汁がつつむ。

その煮汁とブリの旨みで煮ふくめられた大根。

ホクホクと食べる。 これが胃にズシーンときて、食欲にフィナーレを飾った。

とても満足した。 うまさだけでない。心までも充足感がある。 この店が持つ温かさのパワーなのか。

まさに わっつり 食べたという気がした。

交感神経と副交感神経の二元論。

平穏とした心と、刺激のある興奮とを、人は求める。

同時にではない。それが交互に来る。その波をたどる。

サラリーマン戦士のひとり Yさんも、 ひとときの平穏のあと、明日にはまた戦場に出ていく。

自由経済には、調整する機構が必要なように、 スサビ、荒ぶる魂には、鎮魂が必要だ。

その鎮魂の装置として 居酒屋は立派にその役目を果たしている。

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今夜もサラリーマンの聖地新橋の 聖地巡礼にいこうと思う。

 

参考:新橋四丁目酒場 わっつり

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