新橋 麺ロード

-vol.26- □■ 失われた麺を求めて ■□

 

ramen-street

 

ガラガラっとやや重い木製の戸をあけると、もぁっとしたスープの香りに包まれた。
上品な香りではないが、獣臭はしない。
入る前から決めていた言葉を迷わず声に出す

「特製スープラーメン!」

返事はない。店のオヤジさんは、ドンブリにスープを張っている。
スープを入れるということは、麺が茹で上がる直前だ。
これよりすこし前でもスープが冷める。少しあとだと麺が伸びる。

オヤジさんの主張は、麺をしゃっしゃと切る音で伝わってきた。
やがて、ラーメンおまちっ と しゃがれた声が聞こえた。

チラッとこっちをみるでもなく、
「特製スープね」と唸って低くつぶやきながらドンブリを手にしていた。

天井も低く、だいぶ古びた佇まいの店内にはカウンターしかなく、
7人も座れないだろう。

この店、伊豆長岡(今は伊豆市)の「よしとみ」には、
餃子もなければ、チャーハンもない。
ラーメンのトッピングらしきメニューすらもない。
なにしろメニューは、ラーメンとチャーシュー麺、
そして、私が頼んだ特製スープラーメンの3つしかないのである。

この3つ目のメニューにしてからが、前に訪れたときに、
「特製スープラーメンはじめました」
という貼り紙を目にしたくらいだ。

その貼り紙の右横には、おおきな柱時計。
「亀や旅館」という金文字が剥げかけている。

ふとオヤジさんをみると、その時計を凝視していた。
私の前にはいつのまにかコップに水がでていた。

客は5人ほどいただろう。
みんな黙って食べている。

ときおり、ずずっという音が、こだまのように聞こえる。
「おまち!」
どんぶりがドンと置かれた。 色は醤油ベース。
前回たべた、特製スープでない ただのラーメンよりも淡い色だ。
チャーシューを麺の向こう側によけて、レンゲでスープをすする。

おぉ 、、、うまい。

複雑なのだが、そのおいしさの伝わり方は直線的だ。
胃に、そして脳天にダイレクトにうねった。

ちぢれの細麺であることに気づいたのは、
どんぶりを両手にもってスープを飲み干す頃だった。

お勘定と千円札をだす。まだ伊藤博文だった頃だ。

いまはもうこの店もない。
この「よしとみ」は、長岡の色街が威勢が良いときには、
仕事終わりの芸者衆にふるまっていたという。
当時小学生だった私にも、色街ときいて、陰影が伝わってきたのだから、
それなりのクオリアはあったようだ。

おつりをもらって店をでるとき、ありがとうという声が聞こえた気がした。

オヤジさんの息子さんが、同名の中華料理屋があると親からきいた。
いまでもあるかどうかは不明だ。

息子さんが独立して店を開いても
オヤジさんはモクモクとラーメンを作り続けていたのだ。

オヤジさんの魂というものを感じられるようになったのは、
もっと成長してからであったが、
ともかくも、私のラーメンの原風景は、このオヤジさんの作るラーメンであった。

その後、ラーメンブームといわれる時代があった。
もう25年以上も前の頃だ。
バブルといわれたその時代、環七沿いはラーメン通りという異名をもっており、
私は、味の記憶を頼りに、原風景を探してさまよった。

そして、いまもその旅は続いている。

まだ出会えていないのは、
けっしてラーメン店のせいではなく、私の感受性のせいかもしれない。
小学生の感性を過大評価しているのかもしれぬ。

 

ラーメンについて語るのは難しい。
もちろん、好みがそれぞれということもあるが、
その好みが、人生を背負っているからだと思う。

最初に食べたラーメンが、東京風の醤油ラーメンの人と、
九州とんこつの人とでは、
ラーメン人生の形成の土台が違うのである。
それが、こだわりにもつながってくる。
ラーメンの原風景が違うとこだわりも違うのだ。

ときに、そのこだわりが 強めにでて保守的になることもある。
私は長い間、つけ麺を食わず嫌いしていた。
それを払拭してくれたのは、新宿 西口の「新高揚」である。
ここの排骨(パ-コ-)つけ麺は、
アッサリとしているザル ラーメンと
豚の背肉の唐揚げの香ばしさとの絶妙な取り合わせが、あとを引く。
食べた直後はインパクトが薄かったが、
数日たって、また行きたくなってしまった。

新橋でラーメンの紹介をしたいのだが、これまた難しい。
ざっかけないところでいくと、岡山ラーメンの後楽本舗あたりが、
餃子にビールでやっている間にラーメンを待つという雰囲気にふさわしい。

駅近くよって、新橋西口通り商店街は、
ちょっとした麺ロードとなっている。

のっけから「油」がある。

aburasoba

汁なしラーメンの中ではここが一番気に入っている。
続いて、味噌ラーメンの「北斗」、昭和の味噌ラーメンという看板があるが、
メニューにはのっていないので、
いちいち ”表に出ているやつ、、、”といわないといけないが、
私としては、昭和でない方が好みだ。

 

うどん屋さんが続き、「博多天神 新橋2号店」その向かいには、
「三田製麺」と大店がならぶ。

同じ冠でも、支店によって多少違いがある。
博多天神は、新宿御苑か渋谷の方がまろやかでコクがある気がする。
御苑前の店が、一番だ。
三田製麺についても、歌舞伎町が一番美味しく思う。
歌舞伎町の方が店が小さいので、
麺をその都度 茹でているのが徹底しているためだと思われる。

一度にたくさん茹でたり、タイミングの狂いなどで、微妙に味が違うのである。
支店どころか、時間帯によって味の違う店もある。
下高井戸の「木八」は昼と夜とで作り手が変わるが、断然 夜がおすすめだ。
かつては、顔も覚えられ、店主から話しかけられたりすると、プライスレスだ。
とんこつ醤油ではこの木八がお気に入りだった。
醤油はというと、結構難しい選択だが、国領の「熊王」なんかが上がる。

塩ラーメンは、浜松町(大門)にある「東京らーめんタワー」の塩が美味い。
ここの一押しは、醤油味なのだが、たまり醤油が決め手になっている。
それはそれでよいのだが、風味がきついので、
鴨南蛮のような風味に最後はなってしまう。
塩はどうだろうと試したところ、これが自分にとっての絶品の塩となった。
塩ラーメンはバランスが難しい。
ある程度塩がきつくないとラーメンとして仕上がらないが、
そのままではダシを殺してしまうので、水飴などの甘みを加える。
加え方のバランスによっては味がぼやける。
滅多に塩は食べないようにしているのだが、この店のは別格だ。

新橋西口通りに戻ると、
博多天神の隣は、亀やという蕎麦屋がある。ここの蕎麦は大変美味しく、
ほかの立ち食い蕎麦屋に入らなくなってしまった。

かめや については、以前にも書いている ⇒そば処 かめや

この先を歩くと、大勝軒に至る。
大勝軒の中では新橋が一番気に入っている。

大勝軒の前には 堀内という ざるラーメンがある。

ここは確かにさっぱりとしているので
呑んだあとでもいいかもしれぬが

ここの特徴はなんといっても、
チャーシューである。

ごろごろとした豪快なチャーシューと
さっぱりのざるラーメンのとりあわせがいいのかもしれぬ。

 ramen-horiuchi01

 

飲んだあとに引っ掛けて行くのにぴったりのラーメンを、見つけられてはいない。

なるほど、新橋には、いわゆるラーメンの巨頭といえる有名店も何点か存在する。
二郎や、大勝軒もあるし、SL広場の近くに一蘭もある。

しかし、
二郎や大勝軒は、お酒のあとにしては量が過多だ。

二郎といえば、江古田の「ぽっぽや」や神保町の「用心棒」などのインスパイア店も
多く人気があるが、
私の中の一押しは、なんといっても中野の「kaeru」である。
中野の伝説の名店「青葉」と並んで遜色ない人気なのは驚きだ。
「kaeru」ではあえて、
トッピングをひかえめに、野菜盛りのみしてじっくり味わいたい二郎系だ。

新橋に話を戻すと、「泪橋」は、ニンニクも入ったパンチの強いつけ麺を出す。

ramen-manmos03
ジロリアンにも気に入ってもらえそうな つけ麺版の二郎という感じだ。

ramen-manmos01

マンモスラーメンというメニューは二郎そのものだ。

健康ブームの影響か、仕上げのラーメンについてはニーズが落ちているのかもしれぬ。

 

新橋はともかく つけ麺だらけだ。

tuki-suppon01

「月と鼈」という店
煮干しのきいたドロドロのスープが決めてのつけ麺だ。

人気店らしく行列ができていた。
店内に入ると、奥に詰めて下さいとテキパキといわれた。

コシのあるストレートな太麺。
スープはやや甘めだが、美味しいもんをたべさせようとする工夫の表れだと感じた。
割りスープを頼もうとドンブリを渡そうとしたところ、
カウンターにおいてくださいといわれた。
奥へいったんもっていってスープを継ぎ足すときに、
パラリとなにか入れたのが目に入った。
飲んでみたが、まだまだ濃厚な味だ。
と思うとゆずの香りがした。

tuki-suppon02

今度は”一番ダシ”というメニューを頼んでみよう。

 

日比谷通りまで足を運ぶと
大関という店がある。

相撲のタイトルにちなんで量が選べる。

横綱は大食い選手権ではないので、パス。
普通盛りを含め
小結~大関までは、同じ価格690円
小結で450グラムあるので、
これで十分だ。

つけ汁はドロドロ系
ozeki01

味は複雑で後を引く味わい

最初は、トッピングなしで
純粋に味わい、

魚粉をいれたり、
メンマを足したりしてバリエーションを楽しみながら、食べ進める。

後半は、ゆずを落としながらさっぱりと。

つけ麺を出す店には、調味料なり、割りスープなり、
自分なりに微調整がきく食べ方ができる。

これが、良いという人もいるかもしれないが、
調整など不要なものとして食べることを捨てきれない。

「よしとみ」 には、コショウすら置いてなかった。
おれの作品にちょっとでも手を触れてみろといわんばかりな雰囲気を原風景として
もってしまっているからかもしれない。

ラーメンはバランスが大事な料理だ。
麺、スープ、具、温度、ゆで加減など
ひとつでも狂うとそのバランスは崩れてしまう。

それは、自分で決めてもよいのかもしれないが、
店側におまかせにしてしまうクセがどうしてもとれない。

チェーン化も不可能なほど、
こだわったラーメンというものに対して、
理屈が増えるとどうしても上品すぎてしまう仕上がりになってしまう

また行きたいという中毒性が薄くなる。

 バランスが大事なのだ

 

そんななかで本格的でいながらバランスのよいラーメンなら

「纏」がよいだろう。

ikara-men01

入り組んだ場所にあるロケーションも
まだ出来て1年足らずなのに 郷愁すら覚える。

アゴやカツオブシなどの魚介だしと
豚骨や鶏の肉系のだしを合わせたスープをダブルスープというらしい。
発祥は中野の青葉である。

味の組み立ては、泪橋も同じだ。

ikara-men02

纏は
魚介を烏賊で、肉系を鶏白湯でつくった
ダブルスープである。

烏賊が出色だが、
とても上品な仕上がっているのは見事としかいいようがない。

 

まだまだ新橋には隠れた名店が掘り起こせるであろう。

新橋に 飲んだあとのラーメンを求めて

今日もさすらうのである。

 matoi01

参考:纏(まとい)

参考:泪橋

参考:月と鼈

LINEで送る


これまでのコメント

  1. ヤーマン! より:

    ブログ読みましたー☆*1つのもので、これだけ盛りだくさんに書けるのわ本当に凄いですヽ( ;∀;)ノ麺大好きなんですねーっ!私わミーハーなので、テレビがないと生きていけないタイプなんですが、いくら好きな俳優さんについて書け。と言われても、あんなに書けませんヽ( ;∀;)ノやっぱり才能ですねーっ!さすがっすー!まだ私が小さい頃、家族でラーメンを食べに行った時の事を思い出しました。ちょっと苦手な味だったので、逆にインパクトがあり覚えてるんですが、まだあのお店あるのかなっ?大人になると味覚も変わると思うので、ちょっと食べてみたいかも。なんて思ってしまいました(笑)長々とすみません、、、。またコメント書きに来ますねっ☆頑張って下さい(*´˘`*)ヤーマン!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>