馬鹿ぼんど 第四話

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 バイト代が入ると、わたしたちはよく踊りに行った。

アフロビートでトランスすると、箱を出た後にもサイコーな気分がジンジンと残る。

耳鳴りを抑えるようにセックスするのは、また格別に気持ちが良い。

 彼のペニスは、人の普遍的想像を遥かに超えてそそり立つスカイハイだったし、

ギガンテスの鎧のような固さを誇った。

はじめはベレー帽のようなコンドームが、申し訳なさそうに装着されてもいたが、

フィリックスの温度を全部独り占めしたくなった時もあって、

わたしからゴム無しをせがむ。

程無く、ダレルが宿った。

 

 フィリックスは子供を大切にした。

ガーナ北部の街、ボルガタンガで育った彼は、八人兄弟の七番目だった。

マーケットで物売りの仕事をしていた父親は、 彼を労働力の一つとして考えていたようだが、決して虐げていたわけではなかった。

敬虔な英国国教会徒で、たくさんの子供を分け隔てなく可愛がったそうだ。

 日本で正式な婚姻関係を結ぶことが難しかったわたしたちは、

ガーナ共和国で入籍することに決めて、

わたしはその機会に一度だけあちらの故郷を訪問したことがある。

 田舎の村人による歓迎は「万国共通なんだなあ」と、それなりに感激もしたし、

星の王子様の故郷星に生えているのと同じ “バオバブ ”の自生に触って感動もした。

 

 渋谷駅にあったプラネタリウムのそれみたいに、星が無数だった。

 家畜の山羊や驢馬はたくさんいるけど、「ライオンやキリンに会いたい」と、

ねだってみると、「この近くにはいないのデス」と悲しい顔をされ、

殺風景なサバンナを驢馬の馬車で案内された。でも、それはそれで感動した。

「感動・感動・かんどう・感動……」。

砂浜で拾い集められる貝殻が点在するように、

「感動」ってタグのついた欠片は確かに幾つもあったんだと思う。

でも、今になったって、その一つ一つが繋がりを帯びて、

一筋のドラマチックなストーリーに昇華していないのは、なんでだろう?

 たくさん世界を旅して巡る。その先々にも同じような「感動」がある。

それは、成田の航路から彗星の尾のように繋がった記憶になってゆく。

なのに、あの二人旅の思い出には、そうゆうのはない。

なんでだろう?

 瞬く星星の下で、既になんとなくそんな気付きがあったから、

ぽつぽつと打ち明けてみた。

 わたしは泣いた。

フィリックスは、

「日本では見られない宇宙デショ? 綺麗な星デショ?」

と肩を抱く。涙が溢れているのは、気分がうっとりしているからじゃない。

勘違いしてる、この人!

だから、やっぱりあの時も、「なんか違うのよね」ってへそを曲げた。

曲がったへその奥部で、ダレルがこつんと蹴ってきた。

 

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「既に不満が溜まっていたってことなのね?

一緒になることに躊躇(ためら)いはありませんでしたか?」

 中上さんの問いかけは、イエス、と求めるような感じだった。

「ええ……、まあ……」

 だから相槌を打ったけど、本音ゆうと少し違うんだな。

 結婚に後ろ向きだったんじゃなくって、

“別れ ”なくてもいいような御相手を選択するのに前向きだったとゆうか……。

「私ね……」

と、中上さんの視線がやっと私を解放して、自分の指先に移ってゆく。

わたしも彼女の目線の先を追う。

へええ。黄檗(きはだ)色の秋物カーディガンの袖に、ぴたりと合った色白の手。

その指は、丸くて可愛い形をしている。

家事で痛んだ痕のない、これは新品だってすぐに察した。

「来春に結婚する予定で」

「……はあ」

 何を唐突に、と、訝しい表情を手向けると、

彼女は急いで「ごめんなさい、私事で」と薄笑った。

「いや、別に、大丈夫」

と、わたしも頬笑みを返す。

「ああ、とりあえずおめでとうございます」

「あっ、どうもありがとうございます」

「で?」

どうぞ続けてください、と、わたし。

「こういう仕事って、有難がられるより嫌われることの方が多くて……」

 まあ、そうだろね。子供を守る仕事とゆえば聞こえもいいけど、

子供を親から奪う仕事でもある。「結構しんどい」のだと彼女は零した。

「今までずっと、結婚を避けて来まして。親戚から縁談の御話をいただいても御断りし続けてたし……」

 仕事が精神的にハードなの?

「というか……」

要は、よその子供を保護する経験を積むたびに、

結婚への嫌悪感みたいなのが湧くようになった。ノ、ですって。

「それって、職業病?」

 わたしは軽く茶化した。

「かな?」

と、はにかむ中上さんは、なかなかチャーミングね。

「私の場合は、相手が同業なんです。埼玉の児童相談所の方なんですけど」

 同じ苦労を分かち合える人だと信じられたからこそ、家庭を作る勇気が持てた、

と、彼女は続けた。

「好きなのね?」

「そうですね」

「じゃあ良かったわ」

「ええ、まあ」

「なんで今、わたしに話したの? この話」

「咲恵さんのお話を伺っていて、急にまた結婚が不安になってしまいました」

「だって好きなんでしょ?」

と、わたしはパイプの椅子に深く掛け直す。

「わたしはフィリックスのことが最初から好きじゃなかったんだよ。だから中上さんの結婚と、わたしのは根本が違う」

 きっぱりゆって、ちょっと自分でもびっくりした。

彼のこと「好きじゃなかった」って、言葉にして認めた初めての瞬間に驚いた。

(つづく)

by ケイ_大人


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自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。