馬鹿ぼんど 第二話

 baga3_maccafe03

  表参道のCDショップ。

黒いのが、隣の試聴ブースでステップしている。

「なんだ、このネグロイドは?」

 怪訝な視線を注いだら、

「YAH!」

 チョコレートのような笑顔を返されたんだっけ。

「ねえ、今晩踊りに行かないデスか?」

 変なのに目をつけられたな……。

「ぼくは、フィリックスといいマス」

 いや、聞いてないし。

グナワ・ディフュジオンとゆうフランス人バンドのCDを買い終え、

(新手の黒人ナンパ師……、鬱陶しいわ)

 と、地上に続く出口階段へ、そそくさと急ぐ。

踊り場に電話中の女の子が一人。ハイビスカスの髪飾りを付けている。

「ORANGE RANGE~『ロコモーション』NOW ON SALE!」

だっけ、その頃流行ってたグループのポスターの前で。

それを横目にしながら顎の上がってる、わたし。

ぬるまっこくってスーパーヘビーな空気に、今にも押し切られそう。

ゲリラ豪雨の直撃で、メトロに誘われる濁流みたいなの。

わたしはまるで水面に口を開ける魚だ。萌え立ちの枝間を縫って清々しい風が

吹いた表参道の春が、あああ、懐かしい。

ギンギンのお日様は、女子たちが闊歩する歩道をひたすら蒸し上げていく。と……。

こりゃあ、面倒くさいわ!

とば口の眩い光の中に、太陽黒点がわたしを待ち構えていた。

「やあ、また会いマシタ!」

 ったく、望んでない。

表参道を青山通りの方面にせっせと上る。フィリックスは必死な蚊みたいに離れない。

わたしはAB型だから美味しくないのよ、ってゆってやりたい。

気を惹こうとして「シカゴのダウンタウンから来マシタ」って、格好をつける。

わたしが「アメリカには興味ないの」とゆえば、「じゃあ、ケニア デス」

本当は、ぼくケニアで国連の仕事をしていマス、って。

国連大学が近いから、

「そういうアレの人?」

 と、尋ねたら、

「君、面白いこといいマスネ。国連に大学があるナンテ」

 と笑うから、本当に馬鹿。

突っ込んでやると、結局、「ガーナ共和国出身・ばがぼんど」だと白状した。


 


「ばがぼんど 、って?」

 わたしとフィリックスの馴れ初めを穏やかに傾聴していたけれど、中上さんは、

耳慣れない言葉の意味不通を嫌う。

「英語で『放浪者』ってゆう意味ですよ」

 と答えてあげたら、中上さんは「はい」って頷いていたけれど、心得た、って様子でもなかった。

代わりに、

「フィリックスさんの軽快さとマッチした語感だわ」

 とかなんとか、あんまり意味の分からないことをゆって、勝手にほくそ笑んでいた。

 

 



「ここでランチをしないデスカ?」

 と、フィリックスは悪びれる色もなく、表参道のマックを親指で指す。

結構です。

「今、バイトの昼休みなの」

「ぼくが奢りマス」

 わりーけど、わたしはベジタリアンなのだ。

「じゃあ、ぼくがパテを入れないでと頼みマス」

 ピクルスとレタスのサンドを食べよう、って。

「マヨネーズもいただけない」

 と素っ気なく返したら、

「ピクルスを多めにしてもらえばいいデスカ?」

 あれはソルティだ、って。嬉しそうに手を引くのが強引なの。

 今様にゆえば、KYってこと。

 



「それで、本当にピクルスサンドを注文したのかしら?」

「本当にした。でもレジの女の子は頼まれてくれなかったわ」

 中上さんは笑った。わたしも笑った。

で、恥ずかしげもなくそんな無理筋な申し出をしてしまう彼を、正直ちょっと可愛らしくも感じられたんだ、
と、漏らすと、中上さんは、

「分かる気がする」

 と頷いた。

「あの頃、わたしは恋人と別れたばかりだったし……」


(つづく

by ケイ_大人

第一話   第二話   第三話   第四話   第五話  
第六話   第七話   第八話   第九話   第十話  



LINEで送る




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>


自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。