馬鹿ぼんど 第一話

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アロマオイルの在庫表が、鍋底のカレーみたいに無残に固まってしまっている。

さっきエクセルで作ったばかり、わたし、保存してない。

「ダレル! うるさい! ちょっと静かにして!」 

ソファーに寝転び、携帯ゲーム機で遊んでいた長男に叫ぶ。

「はーい……」

 消音にしてるってゆうけど、そうじゃない。あんたがボタンを連打する音に苛つくの。

「ねえっ!」 

 ダレルはしれっとして、乱れ打ちをやめようとしない。モンスターなんとかってゆう、

世の中に必要悪なそれ。わたしが仕事に出るときは素晴らしい子守り役だけど、

今すぐ憎ったらしいDSごと叩き折って、ブランブランにしてやりたい。

「ちょっと!」

 息子は全く意に介さず、パドリング姿勢で親指を小刻みに震わしている。

 向かい波に興奮の雄叫びをあげるように、ダレルは歓喜する。

「来たー」

と。

「ダレル!」

 波打ち際からライフセーバーが過剰なピーピーを喧しくやるように、

わたしは彼の褐色の足首を引っ張った。

「もうちょっといいじゃん」

 まだベッドに入るまでには時間あるでしょう? って。

引かれる後ろ髪さえばっさり落とした愚息は、知らん顔して沖のブイを越えていく。

マジ、ふてぶてしい。 とにかく苛つく。 もうたまんない。

「イテッ!」

 右平手を尻に一発。

 小さな悲鳴を上げ、ダレルはわたしをぎゅっと睨んだ。

その目玉がフィリックスにソックリなの!

それにまた腹が立つ。

ってゆうか、ぞおっとする。

とにかくその小顔を無意識に退けたくなって、

抑えの利かない前腕は鞭のごとくに撓る。

今度は四五度から頬に直撃。

ダレルはゴロリとソファーから落っこちる。

操縦士を失ったモンスターなんとかはダッチロールを続け、虚しいゲームオーバーの点滅がほどなく始まった。

 息子は格好の大波に乗り損ねたサーファーのように、ぼーぜんと口を半開きにさせている。

憎々しい。アメーバのようにブヨブヨした、得体分からぬ狂気が憑依する。

今度は “グー ”。

 幼いダレルは健気に防御姿勢をとるが、ホットミルクに出来る膜を打ち抜くようなもん
ダレルは呻き声とともに大粒の涙を溢し始めた。

「ママやめて!」

 情けなくなる。男のくせに。

「もう……」
 ゲームは、「お願い!」、やめるから許してよ、的な哀願。

「誰のためよ?!」

 ほら!

 ゆってみろ!

「ぼくだよ、ぼくのためだよ!」

「でしょ?!」

 ママが頑張ってるのはね、あんたを育てるためでしょ?

「なのに、あんたは!!」

 と、何度も何度も振り下ろす。

「ママが仕事を頑張ってるのはねえ!」

 あんたのた……、ん? いや、ちょっと違う……。

 わたし、か?

 わたしの、ためか? 

 あああ、そうか……。

 わたしのため、か?

 

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「どうして突然そう思ったんです?」

 ケースワーカーの中上(なかがみ)さんはバインダーを閉じてそう尋ねた。
 バインダーの背には、忌々しいテプラの背表紙シール。例によってチラチラと気持ちを挑発してくる。

『ドナリ―・竹田(たけだ)咲(さき)恵(え)、ドナリ―・竹田ダレル 親子 事件・秘匿情報』

なんだ、『事件・秘匿』って? 癪に障る。 

お天道様に隠れた雑居ビルで、ケシの花かなんかを栽培してんじゃあるまいし。

中上さんは、静かに眼鏡を外した。薄桃珊瑚色のルージュが控え目な印象で、
わたしは彼女に悪い印象を持っていない。
「どうしてです?」
 と、もう一度うぶ毛を撫でにくる。
「ええっと……」
 まだ二度目のカウンセリングだってゆうのに、すでに親しみさえ覚えたのは、
年齢が自分とさほどかけ離れていないことと、その地味な見た目からだった。
従順を装う文鳥は、小さく首を傾げてみせる。

「まだ七月のカレンダーをめくってなかったから」
 と、ぼそぼそ答えて、みる。

「それが?」

「あの……七月の写真はエアーズロックなの」

「オーストラリアの?」

「そう」

 わたしはまだあそこに行ったことがない。

「それで?」

「八月の写真はインドのタージ・マハルだって分かっていた」
 わたし、その場所には行ったことがあるの。

「まだ旅をしてみたいところって、たくさんあるんだよなあ……」
 と、わたしは宙を仰いだ。

「お子さんのためじゃなくて、そのために仕事をしていると?」

(つづく

by ケイ_大人

 

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これまでのコメント

  1. ヤーマン! より:

    けいさん、小説読みましたー!!ずっと待ってましたよぉー(っω・`。)久しぶりに更新されて、嬉しいです♡♬*いい感じでふりがなもふってくれて、ありがとうございます(笑)優しさに感謝ですっ//(笑)今回の小説わ、一番難しい内容のように感じました。これぞ大人!って感じですねっ(°Д° )笑!第一話だと虐待がテーマのように感じますが、読み進めていくと、もっと違う深い部分が見えてくるんでしょうね(*˘︶˘*).。.:*♡続きが楽しみです!長編になりそうなので、更新頑張って下さい♬またふりがなもお願いします♡(笑)٩( ‘ω’ )وヤーマン

  2. ケイ大人 より:

    ヤーマンさん
    いつもありがとうございます。
    るびは、サイトプロデューサー方のお計らいですね。
    みなさんが、筆者の気持ちをよく汲んでくださいます。
    ありがたく、拙著を入稿させていただいております。

  3. ヤーマン! より:

    けいさん♡
    お返事ありがとうございます(っω・`。)//チームワークが素晴らしいですねっ!!いつもひらがなばっかりのコメントを察して、プロデューサーの方々がふってくれてたんですねっ(笑)そしてけいさんがせっかく下さったコメントも、ざっくりとしか読めない自分に悲しくなりますーヽ(;▽;)ノ笑!もっと勉強しますねっ(泣)第二話も楽しみにしてます♪*ヤーマン♡

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自分のために~誰かのために、言葉とセンテンスの職人でありたいと 日々精進しているところです。

言葉から命を吹き込まれた語り人たる登場人物たちが、いつのまにかぼくから離れて個を象るとき、読者の皆様の傍にそっと寄り添わせてやってくださいませ。

あなたが死にたいくらいの時、彼らが少しの役にでもなるなら…

ぼくの幸せです。